浦和地方裁判所 昭和42年(ワ)773号 判決 1969年9月25日
原告
井上正夫
被告
有限会社岩崎運送店
ほか二名
主文
一、原告の請求を棄却する。
二、訴訟費用は原告の負担とする。
事実
一、当事者の求める裁判
1 原告
(一) 被告らは各自原告に対し八五二万円およびこのうち八四七万円に対する昭和三九年七月二六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 仮執行の宣言。
2 被告ら
主文と同旨
二、請求の原因
1 原告が昭和三九年七月二五日午前八時四〇分ころ原動機付自転車(以下原告者という)を運転して、横浜市戸塚区飯島町一四九〇番地附近の道路を進行中、小山喜弘運転の大型貨物自動車(以下被告車という)と原告車とが接触して、原告が転倒し、被告車の左後輪でひかれ、骨盤骨折、尿道切断、膀胱破裂等の傷害を負つた。
2 被告車が原告車の右側に並んで同一方向に進行していたが、このような場合、右側の自動車の運転者は左側を注視し、進路を左方にかえるときには、左側の車両の進行を妨げないようにして接触事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに、小山はこれを怠り、急に進路を左方にかえた過失により被告車を原告車に接触させた。
3 被告会社は被告車を所有し、自己の貨物運送等のため、被告車を運行の用に供していた。かつ被告会社は小山を運転手として雇傭し、小山は被告会社の業務の執行中に本件事故を発生させた。
4 被告会社は資本金一五〇万円で規模の小さい有限会社であり、その本店の所在地は被告善作の肩書住所地と同一であり、被告善作は被告会社の代表取締役であり、被告会社の業務の執行、従業員の選任、従業員に対する指示監督をしており、被告善作の妻の被告タマは被告会社の取締役として従業員の業務に対する監督をしていた。従つて被告善作と被告タマは代理監督者としての責任がある。
5 損害
(一) 逸失利益八、〇二五、〇〇〇円
原告は昭和一四年一一月一五日生れであり、本件事故前大工職として働いており、一カ月二五日以上働き、一日少くとも一、四〇〇円、一カ月三五、〇〇〇円(一カ年四二万円)を得ていた。ところで原告は本件事故当日から満六〇年まで少くとも三五年間労働することが可能であつたが、本件負傷により稼働することができなくなり、年四二万円の割合によるうべかりし利益を失つた。そこで三五年間のうべかりし利益の総額からホフマン式計算法で年五分の中間利益を控除すると、八、三六五、〇〇〇円となる。ただし原告は昭和四三年八月から同年一〇月末ころまでの三カ月間、身体をならすために働き、一〇五、〇〇〇円(本件事故当時の現価を求めると八七、五〇〇円となる)の収入を得たほか、昭和四〇年一〇月二七日藤沢労働基準監督署から休業補償費二六八、三六九円(本件事故当時の現価を求めると二五二、四九四円となる)を受領しているので、右のうべかりし利益から右各金員を控除すると八、〇二五、〇〇〇円余となる。
(二) 付添看護料二三三、一四〇円
(1) 原告が東京大学医学部附属病院に入院していた際、付添人を雇い、昭和四一年一二月一三日から昭和四二年一月一三日までの分の賃金として四二、五二〇円、同月二三、二四日分の賃金として二、九四〇円、同年二月二一日から同年三月一二日までの分の賃金として二八、六八〇円計七四、一四〇円を支払つた。
(2) 原告が大船中央病院に入院していた際、昭和三九年七月二五日から同年一二月三〇日までの間原告の父の井上直三、または叔母の井上みつの付添看護を受け、その間の付添看護料として一五九、〇〇〇円の債務を負担した。
(三) 交通費一五、〇〇〇円
原告は東京医科大学病院に八九回、埼玉中央病院に五七回、東京大学医学部附属病院に七回、その他名古屋病院、大村医院等に通院し、交通費として一五、〇〇〇円の支出を余儀なくされた。
(四) 雑費一一、五二五円
(1) 診断書料四五〇円
原告は昭和四〇年二月二七日大船中央病院に診断書料として二〇〇円を、昭和四二年三月二日東京大学医学部附属病院に診断書料として一〇〇円を、昭和四二年一二月一日埼玉中央病院に診断書料一五〇円を支払つた
(2) 埼玉中央病院におけるテレビ使用料等九〇〇円
(3) 東京大学医学部附属病院におけるタオル代等三〇五円、テレビ賃料五、二〇〇円、寝具賃料四、六七〇円の支出を余儀なくされた。
(五) 慰藉料二五〇万円
原告は本件負傷により、昭和三九年七月二五日から昭和四〇年二月二七日まで大船中央病院に入院し、同年三月五日から昭和四一年二月一九日まで東京医科大学病院に八九回通院し、同年一〇月三日から昭和四二年四月六日まで東京大学医学部附属病院に入院し、七回通院し、埼玉中央病院に同年一一月二九日から昭和四三年三月二日まで、同年五月一三日から同年六月四日まで、同年一一月一六日から昭和四四年二月一七日までそれぞれ入院し、昭和四二年四月八日から五七回以上通院した。また近いうちに同病院に手術のため入院する予定である。現在原告は尿道が塞つているため、尿を管で排泄しているが、将来大工として労働することは困難であり、また将来結婚できるかどうかが疑わしく、かりに結婚できるとしても医師に子をもつことができないと診断され、原告の精神上の苦痛は甚大である。
(六) 弁護士費用八二万円
原告は原告訴訟代理人に本件訴訟を委任し、手数料として五万円を支払い、成功報酬金として七七万円を支払うことを約束した。
6 よつて原告は被告らに対し、連帯して逸失利益のうち五〇〇万円、付添看護料、交通費、雑費のうち二〇万円(ただし、前記5の(四)の(1)、(2)、(3)、(二)の(1)、(2)、(三)の順序で二〇万円に達するまでの分)慰藉料二五〇万円弁護士費用八二万円合計八五二万円およびこのうち弁護士手数料相当の損害賠償金五万円を除いた八四七万円に対する不法行為日以後の日である昭和三九年七月二六日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うように求める。
三、被告らの答弁
1 請求原因1の事実中、原告車と被告車とが接触して、原告が転倒したことは否認し、その他の事実は認める。ただし負傷の程度は知らない。
2 同2の事実は否認する。後記のとおり小山は無過失であり、原告の一方的な過失によつて本件事故が発生した。
3 同3の事実は認める。
4 同4の事実中、被告会社が資本金一五〇万円で規模の小さい有限会社であり、その本店の所在地と被告善作の肩書住所地とが同一であること、被告善作が被告会社の代表取締役であり、被告タマが取締役であることは認めるが、被告らが代理監督者であることは否認する。被告善作は業務執行機関それ自体であり、被告タマは経理と庶務を担当していたのにすぎないから、代理監督者ではない。
5 同5の(一)の事実は否認し、同5の(二)ないし(五)の事実は知らない。
四、被告会社の抗弁
被告会社および小山が被告車の運行に関し注意を怠らず、原告に過失があり、かつ被告車に構造上の欠陥または機能の障害がなかつたので、被告会社は損害を賠償する責任がない。そこで原告の過失と小山の無過失についてふえんする。
1 本件事故現場の道路は幅員五・五メートルであり、S字型にカーブしており、小山は戸塚方面から大船方面に向つて進行していたが、道路の右端で下水道の工事をしていたため、道路の右側半分に土砂が堀り上げられ、路面におうとつが多く、特に本件事故現場では道路が右方へカーブしていた。
2 小山は被告車を時速約一〇キロメートルで進行させ、その後方に藤川広嗣運転の三輪貨物自動車が一〇数メートルの間隔をおいて追随してきた。
3 ところで事件現場の手前で、原告は被告車を追い越そうとしたが、このような状況のもとでは、車両の運転者は先行車の左側を通行して追い越してはならず、かつ道路のまがりかど附近で追い越してはならない注意義務があるのに、原告はこれを怠り、被告車を追い越そうとして、被告車の左側に進出した過失により、被告車との接触の危険を感じ、道路の左端寄りの砂利敷部分で急ブレーキをかけ、約四メートルスリップし、被告車と接触しないうちに、安定を失つて右側に転倒し、原告が被告車の左側の前輪と後輪の間に投げ出されて後輪でひかれた。
4 小山は道路が右方にカーブしているため、後続する車両を確認することができず、かつ前記のような道路状態からみて被告車の左側を追い越す車両があることを全く予見できないから、信頼の原則により本件事故について何らの責任もない。他方原告は自らの過失に基づいて、本件事故を招いたものである。
五、被告会社の抗弁に対する原告の認否
抗弁事実は否認する。
六、被告善作、同タマの仮定抗弁
右被告両名は小山の選任および事業の監督について相当の注意をしたので、代理監督者としての損害賠償責任はない。
七、右被告両名の抗弁に対する認否
抗弁事実は否認する。
八、被告らの抗弁
原告は、本件事故に関して次の金員を受領しているのであるから、損益相殺または過失相殺にあたつて斟酌されるべきである。
1 原告は藤沢労働基準監督署から
(一) 昭和三九年七月二五日から昭和四〇年二月二七日までの療養補償給付(診療費)として昭和四〇年一〇月一九日六〇一、八二〇円
(二) 昭和三九年七月二五日から同年八月三〇日までの療養補償給付(看護料)として昭和四〇年一〇月二七日一〇、一七七円
(三) 昭和四〇年一〇月二七日休業補償費として
(1) 昭和三九年七月二五日あら昭和四〇年二月二七日までの分として一六八、六〇一円
(2) 昭和四〇年三月五日から同年六月一五日までの分として七九、六六〇円
(3) 昭和四〇年六月一七日から同年九月二〇日までの分として二〇、一〇八円
以上合計二六八、三六九円をそれぞれ受領している。
2 被告会社は原告のために大船中央病院に保証預り金七、〇〇〇円を立替え払した。
九、被告らの抗弁に対する原告の認否
右八の1の(一)(二)はすでに当該期間に発生した診療費および看護料の支払に充当されたので、原告はこの点について何らの利益も得ていない。同1の(三)は認める。
一〇、証拠〔略〕
理由
一、原告が昭和三九年七月二五日午前八時四〇分ころ原告車を運転したこと、横浜市戸塚区飯島町一四九〇番地附近を進行していた際、原告が小山喜弘運転の被告車の左後輪でひかれたことは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば原告が本件事故によつて尿道断裂両側骨盤複雑骨折を負つたことが認められる。
二、被告会社が被告車を所有し、自己の貨物運送等のため、被告車を運行の用に供していたこと、および被告会社が小山を運転手として雇傭し、右事故が被告会社の業務の執行中に発生したことは当事者間に争いがない。
三、そこで被告会社の免責の抗弁について判断する。
1 (小山が被告車の運行に関し、注意を怠らなかつたこと、および原告に過失があることについて)
(一) 〔証拠略〕を総合すれば、次の事実が認められる。
(1) 本件事故現場の道路は神奈川県道一九号線であり、戸塚方面から大船方面に通じ、幅員が六・四メートルであつて、大船方面に向つて(以下同様)右側の約五・三メートルの部分がアスファルトの簡易舗装部分であり、左側の約一・一メートルの部分が砂利敷の非舗装部分であり、右舗装分は各所が損壊し、穴があいてでこぼこであり、道路の右端は小高い岡に接しており、左端は排水路に接していた。本件事故当時道路の右端では排水溝の設置工事が行われていたため、右端から中央にわたつて約二メートルの幅に、土砂が約〇・二メートルの高さに堀り上げられていた。本件事故現場附近では、道路が約一二〇度右方にカーブし、二、三度の下り勾配となつていた。そして同所の最高時速は毎時四〇キロメートルに規制されていた。
(2) 被告車の車体の長さは七・六五メートル、幅は二・四五メートルであり、小山は被告車を時速約三〇キロメートルで進行させ、道路の左端から約一メートル中央寄りを進行し、本件事故現場附近がカーブしており、かつ対向車があつたので、約〇・五メートル左方に寄つたが、この直後原告を被告車の左後輪でひいた。当時小山は被告車の左側前方に取り付けてあつたバックミラーをみなかつた。
(3) 被告車の約二〇メートル後方を藤川広嗣運転の自動三輪車が追随していた。ところで原告は原告車を時速約四五キロメートルで運転し、右自動三輪車の左側を追い抜き、さらに時速約三〇キロメートルで進行していた被告車を左側から追い抜こうとして道路の左端近くを進行し、約一秒間位被告車と並進し、運転台の後方辺まで接近した際、被告車がだんだん左側へ寄つてくるのに気付き、危険を感じて急ブレーキをかけたところ、砂利でスリップして運転操作の自由を失い、被告車の左前輪と左後輪の中間で転倒し、左後輪で下腹部を轢過された。
以上の認定に反する〔証拠略〕はたやすく信用できない。そのほかに右認定をくつがえすに足りる証拠はない。
(二) 右認定事実によれば、
(1) 本件事故現場附近の道路のカーブの状態、道路の幅員、道路のおうとつの状態、排水溝工事で堀上げられた土砂の位置、対向車の接近、被告車の車体の長さと幅、原被告車の速度等を総合すると、被告車が道路の左端へ約〇・五メートル接近したり動揺したりすることが当然予想されるから、原告としては本件事故現場では被告車の左側から被告車を追い抜こうとすれば、被告車と原告車とが接触するおそれがあるから、追い抜きを中止すべき注意義務があるのに、それを怠つて追い抜きにかかつた点について重大な過失があるといわなければならない。
(2) 他方小山としては、前記のような本件現場では左側を追い抜く車両のいないものと信頼するのが通常であり、かつ被告車と原告車とが並進したのは、約一秒間であるから、右方へのカーブのためのハンドル操作、対向車への注意から、瞬時左側および左後方をみなくても、この点について過失がないというべきである。従つて小山には過失がなかつたものと認められる。
なお〔証拠略〕中には、小山が被告車を約〇・五メートル左方に寄せようとした際、被告車の左側をみなかつた点について責任のある旨の記載があるが、前記認定事実にてらし、右記載をもつて小山の注意義務を認定することはできない。
さらに〔証拠略〕によれば、小山は本件により略式命令で罰金一五、〇〇〇円に処せられ、これが確定していることが認められ、右起訴状の公訴事実中には「小山は減速または徐行し、左側の併進車両の有無等交通の安全を確認したうえ被告車を左に寄せるべき注意義務がある」旨の記載部分があるが、本件については前記認定事実によれば、かような注意義務がないものと認定できる。
2 〔証拠略〕に前記の認定事実を照らし合わせると、被告会社が被告車の運行に関し注意を怠らなかつたこと、および被告車に構造上の欠陥または機能の障害がなかつたことが認められる。
四、そうすると、原告の自賠法三条に基づく被告会社に対する損害賠償請求は理由がなく、かつ民法七一五条一項二項に基づく被告らに対する請求も小山に過失がないからその余の点の判断をまつまでもなく理由がない。
五、よつて原告の本訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条に従い主文のとおり判決する。
(裁判官 鹿山春男)